「ジャーファルさん」
朝ですよ。起きてください。
柔らかく耳に馴染むその声に応えるように、ジャーファルはゆっくりと目蓋を上げた。
「…おはようございますアリババくん」
「おはようございますジャーファルさん」
ふんわりと目の前で笑う恋人の姿にジャーファルはしばし見惚れた。濃紺のエプロンを纏うアリババは今まで朝ご飯を作っていたのだろう、どこか香ばしい匂いがする。これはパンの香りか。
ジャーファルは未だ沈みそうになる意識を無理矢理引き上げ、寝台から身体を起こした。既に部屋のカーテンは開けられ、高く昇った陽が見える。室内に溢れる光に目を眇めつつ、ジャーファルはゆるりとアリババに目を向けた。すると依然としてとろりと眠そうなジャーファルが面白かったのだろう、僅かな吐息と共にアリババがふき出した。
「まだ寝ぼけてるんですか?」
「…そうかもしれません」
「まあそれもしょうがないですけど」
ぱたぱたとスリッパの音を鳴らしながらアリババが近付く。そうして上半身を起こしたジャーファルの寝乱れた髪をそっと梳き、お疲れ様ですと声を掛けた。
「ジャーファルさんがこんなになるまでこき使うなんて…今度シンドバッドさんを怒らないといけませんね」
「シンのことはもう諦めています。言っても聞きませんよあの人は」
「それでも限度ってものがあります」
三日間、寝る間を惜しむどころかそんな時間さえ取れなかったジャーファル。働き詰めも働き詰めで、昨日ようやく仕事が終わった。勤め先の社長であるシンドバッドの右腕として常々忙しい彼ではあるが、この三日間は流石の彼でも音をあげそうなほどの忙しさであった。とある提携についての追い込み期間で、捌いても捌いても積み上がる書類の山に辟易するのも仕方がなく。そうしてようやっと昨日の昼頃に解放されたジャーファルは、帰るなり死んだように眠った。その様子を見ていたアリババは、本来であれば心ゆくまで寝かせてあげたいと思っていたのだが、予めジャーファルに起こしてくれと頼まれていた為に今こうしている。
「…まだ隈が残ってますよ」
スルッとジャーファルの目の下を指で辿るアリババ。曇る表情にジャーファルは苦笑を返す。
「今回は本当に忙しかったので仕方ないです」
「…やっぱりシンドバッドさんに一度抗議します」
「私は大丈夫なのであまり怒らないで下さい」
「でも…」
納得がいかないと唇を尖らせるアリババの手を、ジャーファルの手が捕らえた。ぎゅっと握られ絡まる指。寝起きだからかいつも低体温であるジャーファルの手が熱い。
「シンはいつも飄々としていますが、あれでも私に悪いと思っているんですよ。あまり表面には出しませんがね。…それに久々の休みなんです、楽しく過ごしましょう」
「ジャーファルさん…」
にっこりと顔を綻ばせるジャーファルは今日と明日の二日間、休みを貰っている。ちょうど土日で、恋人であるアリババも仕事は無い。久し振りにゆっくりと二人で過ごせる時間を確保出来たのだ、仏頂面のまま時間を流すだなんて勿体無い。少しでも二人の時間を過ごせるようにとこうして朝に起こしても貰った。
「そう、ですね……そうですね!」
アリババも徐々に笑みを開かせ、ジャーファルに抱き付いた。首に手を回しすり寄るアリババを、またジャーファルもしっかり抱き締める。
「今日と明日、目一杯いちゃつきましょうね」
「ふふ、いちゃつくんですか?」
「いちゃつきます!」
ぎゅうぎゅう抱き締め合いながらお互い笑みを零す。相手の体温を感じながら和やかな朝の時間を過ごす二人。
それは紛れも無い、愛おしく幸せなひと時。
Bonheur
(それは美しい幸福の足音)
***
…ということで、お誕生日おめでとうございますほのちゃん!
5月20日はほのちゃんこと仄かさんのお誕生日…ずっと前からこっそりチェックしていました(笑)
確か本命でいらっしゃるジャファアリを贈らせて頂こうともさもさ書いたんです…が…なんとも言えないお話で本当にすみません!あと表記していませんが現パロですすみません。
それでは最後にもう一度、お誕生日おめでとうございます!!
(針山うみこ)